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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)771号 判決

東京都足立区千住一丁目二三番二号

原告

株式会社丸七製作所

右代表者代表取締役

阿部梅子

右訴訟代理人弁護士

及川昭二

和歌山市黒田七五番地の二

被告

財団法人雑賀技術研究所

右代表者理事

中西豊

和歌山市神前一〇九番地の一一

被告

雑賀慶二

右被告ら訴訟代理人弁護士

宇津呂雄章

和泉征尚

今西康訓

右訴訟復代理人弁護士

正森三博

上田隆

宮原民人

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六二八万〇五〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分して、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  (当事者、原告)

原告は、昭和二二年一月一七日設立された主として農業加工機の製造販売を目的とする株式会社である。

二  (当事者、被告)

被告財団法人雑賀技術研究所(以下「被告財団」という。)は、昭和三八年四月九日に設立された工業技術及び発明思想の普及向上のための一般に公開する講演会の開催、工業技術に関する一般に公開する研究設備の設置等を目的とする財団法人であり、被告雑賀慶二(以下「被告雑賀」という。)は、同財団の理事長の立場にあったものである。

また、訴外株式会社東洋精米機製作所(以下「東洋精米機」という。)は、昭和三六年一一月一日に設立された会社であり、その代表取締役は、設立当初は被告雑賀の実兄雑賀和男であったが、昭和六〇年二月からは被告雑賀である。

被告雑賀は複数の発明、考案、創作等を行い、それらについて特許権、実用新案権、意匠権等の登録を受けており、また被告財団は被告雑賀から複数の特許権、実用新案権等を譲り受け、あるいは専用実施権の設定を受け、あるいは同被告の特許権等を管理していた。

またこれらの特許権、実用新案権等については、主に東洋精米機が被告らから実施許諾を受けて、これを実施した工業製品を製造販売していた。

三  (被告雑賀、被告財団、東洋精米機と原告との競業関係)

1  被告雑賀は、東洋精米機設立に当たって発起人の一人となるとともに、数年同社の技術部長の地位にあったのち同社を退職したが、その後も一週間に数回同社に出社してその業務に実質的に関与してきた。したがって原告と競業関係にある東洋精米機と一体不可分の密接な関係にあり、昭和六〇年二月からは東洋精米機の代表取締役に就任している。

2  被告財団は、常勤職員として理事長ほか女子事務員一名ほどの人員を有するにすぎないものであり、前述のように被告雑賀個人又は被告財団が特許権等を有するとしても、これを実施した製品等の製造販売行為をすることは不可能である。そのため、いわばその実施部門として、東洋精米機が製造販売にあたっている。

このような関係もあって、被告雑賀は昭和四九年当時から、東洋精米機の重要な代理店会議等では実質上東洋精米機の代表者のような態度で顧客取引先に振る舞っていた。

3  右のように、被告財団と被告雑賀は東洋精米機と密接不可分の同一体として行動してきている。被告財団及び被告雑賀は、法律上は東洋精米機と別人格であっても、共同して共通の利益拡大を図る経済的実質的同一主体というべきであって、被告らは原告と営業上の競業関係にあったものである。

四  (不当提訴)

1  原告は、昭和四三年ころから別紙目録一の(一)ないし(四)記載のマルシチ石抜撰穀機(以下「原告製品」と総称する。)を製造販売していたが、被告雑賀は、昭和四九年一月三〇日、和歌山地方裁判所に対し、自らが権利者である登録番号第二三一三九三号意匠権(以下「被告意匠権」といい、その意匠を「被告意匠」という。その構成は別添意匠公報写しに記載のとおり。)を原告が侵害しているとして、原告に対し、被告意匠権の侵害を理由とする別紙訴訟対象製品目録記載の石抜撰穀機の製造販売の差止め及び損害賠償請求訴訟(和歌山地方裁判所昭和四九年(ワ)第一四号事件。以下「本件意匠権侵害訴訟」といい、右訴訟における訴訟の対象製品を「本件訴訟対象製品」という。)を提起した。

右訴訟の第一審(和歌山地方裁判所)において、本件訴訟対象製品は、被告意匠権を侵害しないと判断されて被告雑賀の請求は全部棄却され、右判決は控訴審(大阪高等裁判所昭和五五年(ネ)第一九三九号事件、昭和五六年一〇月二九日判決)、上告審(最高裁判所昭和五七年(オ)第一三七号、昭和五八年三月一一日判決)ともに維持されて、確定した。

2  被告雑賀は、昭和三八年ころからこの種工業所有権紛争を頻繁に取り扱っているもので、本件訴訟対象製品の意匠(以下「本件訴訟対象意匠」という。)が、被告意匠権の権利範囲外であることをよく知っていた。

したがって被告雑賀は、あえて敗訴を自認の上、原告を模倣の常習者、侵害者呼ばわりする手段として前記本件意匠権侵害訴訟を利用しようとして提起したものと推認すべきである。

右本件意匠権侵害訴訟は、後記五の各種手段による虚偽事実の陳述流布による原告の営業妨害行為と一連一体のものであり、原告に対する営業妨害行為を援護正当化すべく追行されたもので、その不当提訴性は著しく高い。

3  以上から、被告雑賀の本件意匠権侵害訴訟の提起及び上訴提起を含むその訴訟維持行為は民法七〇九条の不法行為に該当する(以下、本件意匠権侵害訴訟の提起、維持行為を「前訴提起追行」という。)。

五  (虚偽事実の陳述流布)

被告雑賀は個人の資格で、被告財団の代表権ある理事であった小山勇(以下「訴外小山」という。)は財団のためにすることを示し、被告らはそれぞれ原告の取引先に対し、次のとおり虚偽の事実を陳述、流布した(以下それぞれ「本件不正競争行為1ないし6」といい、総称して「本件不正競争行為」ということがある。)。

1  昭和四九年一月三一日ころ、被告財団理事小山勇名義で、原告の取引先株式会社中辻商会、アツタ機械株式会社、山田機械株式会社、株式会社タカギ等少なくとも一〇〇社に対し、原告製品が被告雑賀の意匠権を侵害している旨の別紙二のとおりの内容の文書を郵送した。

2  昭和四九年二月一四日ころ、原告の主要取引先である株式会社清水式精米機製作所(以下「清水式精米機製作所」という。)に対し、被告雑賀が弁護士を通じて、原告が製造し、清水式精米機製作所の販売していた石抜撰穀機(以下「清水式石抜撰穀機」という。)が本件意匠権を侵害しているおそれがある旨を別紙三のとおりの内容の文書を郵送して告知した。

被告らは右警告は清水式精米機製作所に対して、清水式石抜撰穀機を対象として行ったものであると主張するが、右製品の製造元は原告であり、被告らはこのことを知悉して、右警告行為に及んだものである。

3  昭和四九年九月二七日ころ、原告の取引先約一〇〇社に対し、被告財団名で、「被告の東京の石抜機の製造業者の場合慢性的に模造品を製造販売している。」旨等別紙四のとおりの内容の文書を郵送した。

4  昭和五〇年四月ころ、被告財団名で、「丸七の特約店である某商店及びその設置先には権利の行使をなしました。」、「同商店では約一千万円の損害と信用低下を回避できない状態に立ち至っている。」、「丸七側が販売業者を欺き又裁判所に対し虚偽の陳述をしている事実を理解できている筈です。」等別紙五のとおりの内容の葉書を二〇〇社を下らない原告の取引先に対し差し出した。

5  被告雑賀は、昭和四九年二月一〇日ころ、原告の主要取引先である清水式精米機製作所の代表者に対し、「丸七は撰穀機を一切作れないことになっている。」、「清水さんが丸七から買っている撰穀機は雑賀の意匠権を侵害していることを認めてくれ。」などと告げた。

6  被告雑賀は、前記四のとおり昭和四九年一月三〇日、本件意匠権侵害訴訟を提起したが、ほぼ同時に主要各新聞社の和歌山支局の記者に、本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害しているおそれがある旨告げて、昭和四九年二月一日付け読売新聞及びサンケイ新聞に、あたかも原告が被告雑賀の意匠権を侵害する石抜撰穀機を製造しているかのような内容の虚偽の記事を、それぞれ掲載させた。

被告雑賀が右読売新聞に提供した写真の被写体であるマルシチ石抜撰穀機は本件訴訟対象製品ではなく、昭和四〇年頃原告が製造販売していたもの(以下「原告旧製品」という。)を示して撮影させたものであった。

右のような小企業間の工業所有権訴訟事件の記事は、他の社会面の記事のように新聞記者が独自に進んで取材にくるものではなく、掲載を求める側の方で新聞社に連絡して取材してもらうのが通例である。右のような記事も被告らにおいて各新聞社に取材を求めた結果掲載されたものである。

7  被告らの右1ないし6の行為は、前記四1の事実に照らせば、いずれも虚偽事実の陳述流布に当たる。

六  (原告の営業上の利益の侵害)

被告らの本件不正競争行為により、原告はその営業上の利益を害された。

七  (被告らの共謀、共同不法行為)

被告らの本件不正競争行為及び前訴提起追行は、被告らが共謀して、各自の行為を分担して遂行したものである。

八  (被告らの故意過失)

被告らは、本件不正競争行為及び前訴提起追行に当たり、故意又は少なくとも過失があった。

九  (原告の損害)

被告らの本件不正競争行為及び前訴提起追行により、原告は、次のとおりの損害を被った。

1  有形の積極損害 金八六八万八二一〇円

原告は、(一) 虚偽文書が送付された取引先へ事情説明のために原告社員及び弁護士、弁理士の派遣、(二) 被告らの前訴提起追行に対して応訴するための弁護士の委任、(三) 意匠専門の弁理士への書面による鑑定の依頼及び裁判所への証人としての出頭を要請する等の措置について、別紙七(1)、(2)の損害額計算書記載のとおり支出を余儀なくされ、その支出の合計は昭和四九年六月から同五六年八月までの間で合計金八六八万八二一〇円である

2  信用毀損、名誉毀損による無形の損害 金五〇〇万円

被告らは、前記の虚偽文書を全国の原告の取引先宛てに送付し、かつ本件意匠権侵害訴訟を提訴し、維持したため、原告は、長年にわたって築いてきた営業上の信用を失い業界における社会的名誉を著しく毀損された。

原告の右名誉毀損による損害は、少なくとも金五〇〇万円を下回るものではない。

3  逸失利益 金三八七二万五二五〇円

原告が「マルシチ石抜撰穀機」の名称で販売していた原告製品の売上は、被告らの行為の前は上昇傾向にあったが、被告らが前訴提起追行及び本件不正競争行為を行ったため急激に低下した。もし被告らの右各行為がなければ、原告は、別紙七(3)の損害額計算書記載のとおり、昭和四九年二月頃から昭和五八年八月頃までの間に、少なくとも金三八七二万五二五〇円を下らない利益を得たであろうことは確実であった。よって、右金額が被告らの前訴提起追行及び本件不正競争行為により、原告が喪失した得べかりし利益である。

一〇(結論)

よって、原告は被告らに対し、被告雑賀については、民法七〇九条、本件口頭弁論終結当時施行の、平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法(以下「改正前不正競争防止法」という。)一条一項六号、一条の二第一項に基づき、被告財団については、右に加えて民法四四条にも基づいて、連帯して、前記損害賠償合計五二四一万三四六〇円の内金二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為及び本件不正競争行為後の日である昭和五二年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する認否及び被告の主張、抗弁

一  請求原因一、二は認める。

二  請求原因三1は、被告雑賀が、東洋精米機の技術部長を退職したのちも、一週間に数回同社に出社して同社の業務に実質的に関与してきたもので、原告と競業関係にある東洋精米機と一体不可分の密接な関係にあったことは否認し、その余は認める。同2、3は、いずれも否認する。

被告財団は、和歌山県で有数の工業所有権思想啓発を目的とする財団法人であり、定款に照らしても利益追及の目的などは有していない。現実の活動も、各種公益事業は行っているが、営利的事業や営業行為は行っていない。組織的に見ても、総務部、技術開発部、振興事業の三部に分かれ、それぞれに職員を配置しており、職員数においても、設立当初は五人ないし六人、現在は十数人に増加している。

被告雑賀も被告財団も、原告と競業関係にない。

三1  請求原因四のうち、1は認める。

2  同2は否認する。

右訴えは結果として被告雑賀の敗訴に終わったが、その意匠権非侵害との判断は微妙なものであった。被告雑賀は弁理士の鑑定を経たが、それによれば原告製品は一部異なるところはあるものの、「両者の形状を全体的に対比観察した場合、著しい相違を見出だし難いといわねばならず……意匠範囲に属する」とされている。このような鑑定を経て、訴えに至った被告雑賀が、本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害していないことを知悉していたということはない。

右訴訟の判決においても、両者のほぼ全体的な形状の一致は認められており、異なるとされた部分はいずれも部分的形状ないし模様であって、右判決はこれをもって本件訴訟対象製品は被告意匠と類似しないと判断したものである。

右判決のいう相違は、前述の鑑定の結果からも明らかなように、専門家の目をもってしても同一性の有無を迷わせるほどのものであり、もとより意匠権侵害訴訟について素人である被告雑賀が見分けられるようなものではなかった。右判決においても意匠の同一性の有無の判断については、結局「印象」の問題に帰せられており、この点で被告意匠と本件訴訟対象製品の意匠とはだれが見ても異なるというほどの相違は存しなかった。

3  同3は争う。

四1  請求原因五1については、原告主張の書面を株式会社中辻商会外三社に郵送したことは認めるが、その余の郵送の事実は否認する。

2  同2については、被告雑賀が清水式精米機製作所に警告書を発送し、更に右東洋精米機代理人から回答並びに警告書を送付した事実は認めるが、その余は争う。

右は、原告製品を対象としたものではなく、「清水式石抜撰穀機」を対象としたものであり、製造販売の主体が異なる。

3  同3については、原告主張の文書を渡辺商店外数社に郵送した事実は認めるが、その余の郵送の事実は否認する。右書面は抽象的、一般的に工業所有権侵害行為を戒めたもので、原告の会社名も記載されておらず、不正競争防止法のいわゆる虚偽文書に該当しない。

4  同4については、原告主張の葉書を発送したことは認めるが、その発送先が二〇〇社であることは否認する。右書面は具体的な特許権等を特定して権利侵害を警告したものではなく、不正競争防止法のいわゆる虚偽文書に該当しない。

5  同5は否認する。この陳述は、前記2について述べたとおり、原告製造販売にかかる「マルシチ石抜撰穀機」を対象としたものではなく、「清水式石抜撰穀機」を対象としたものであり、製造販売の主体が異なる。

6  同6については、原告主張の新聞記事が読売新聞及びサンケイ新聞に掲載されたことを認め、その余の事実は否認する。

右の各記事は、新聞記者が独自の判断と責任に基づいて掲載したもので、被告らに責任はない。被写体も被告雑賀は何の説明もしておらず、記者の独断により撮影され、記事になったものである。しかも原告は新聞社の問い合わせに対し、「責任者不在」と回答するのみで何ら正確なコメントをしなかったので、新聞社としても、原告の意見を記事にすることができなかった。原告の対応の不始末を不問にして新聞記事だけを攻撃し、これを「新聞利用の方法でした虚偽事実による営業妨害行為」と断言することは、不当である。

なお、原告は主要新聞に本件意匠権侵害訴訟の記事が掲載されたことをもって虚偽事実の流布行為とするが、一般に訴訟、裁判などの記事がその内容を含め本人の意図と無関係に掲載されることは周知の事実であり、被告雑賀が右各記事を掲載するよう要請した事実は存しない。その上、本件記事のような内容をもって虚偽事実の流布行為とすれば、新聞は訴訟提起の記事を報道できなくなってしまうであろう。

五  請求原因六ないし一〇は、すべて否認ないし争う。

請求原因九において、原告が損害賠償額算定の根拠としている主張は、種々不都合な箇所や曖昧な点が見受けられ、右請求は、到底措信できるものではない。

得べかりし利益の喪失にしても、製品の売行きは企業努力や業界景気の動向により大いに左右されるものであり、原告の主張は根拠に乏しい。また利益算定表記載の利益率二五%は粗利と思われるが、当然純利益を算出すべきであり、原告の算定基準は不当である。

六  被告らの主張

1  精米機業界は、一般に競争が熾烈であり、昭和三〇年代から昭和五〇年代にかけて各社とも相互に製品案内や会社ニュースを発行し、自社製品を宣伝するとともに、他社製品を誹謗するなど宣伝合戦を展開する風潮があった。また特に原告と被告ら及び東洋精米機との間には以下の事情があった。

2  昭和三八年頃から昭和四一年頃にかけて、被告雑賀と原告との間で、被告雑賀の有する特許権(登録番号第四一七五五八号)に当時原告が製造販売していた石抜撰穀機(原告旧製品)が抵触するのではないかという争いが存在した。被告雑賀は和歌山地方裁判所に差止めの訴訟を提起すると共に、仮処分決定を得て、原告の山形工場において執行した。右仮処分執行に対し、原告は仮処分執行の方法に関する異議申立てなどをしたが、右の仮処分執行の方法に関する異議申立ては山形地方裁判所における一審、仙台高等裁判所における抗告審ともに原告が敗訴した。

3  この結果、原告は窮地に立ち、本案訴訟において自己に不利な内容の調停に応じざるを得なくなり、昭和四一年一〇月二一日和歌山地方裁判所において調停が成立した。右調停は、原告は今後被告雑賀の有する各種の工業所有権を尊重し、侵害品となるような製品はもちろん、侵害の疑いが濃いような製品についても製造販売しないとの趣旨で成立したものである。

そのため被告雑賀は、右調停成立により、原告が右特許権や調停条項において対象とされた実用新案権、被告意匠権等を今後十分尊重し、各権利に抵触するような製品は一切製造販売しないであろうと安心していた。

しかるに、原告は右調停成立の後も侵害の疑いが濃いような製品の製造販売を継続するとともに、取引先に対しては、右調停を原告の全面勝訴に終わったかのように報告をしていた。

昭和四八年頃、このような原告の右調停条項を無視する態度が被告雑賀に判明したため、被告雑賀は原告に対し、内容証明郵便により警告した上で、本件意匠権侵害訴訟を含む一連の訴訟を提起し、権利侵害の事実の明確化を計ろうとした。同時に前回の紛争時、各販売店から権利の存在や権利抵触の疑いがある製品について情報を与えてほしいと要請されていたことから、各販売店に対し紛争の要点を通知し、原告製品が侵害品の疑いがあるとの注意を喚起したのが、本件において、被告らによる虚偽事実の流布であると主張されている事実である。しかし、これらの通知は右に見たような経緯から行われたことであり、かつ被告らは販売店への通知にあたり、使用業者の立場を十分考慮して法的措置に訴えることまでは考えておらず、ただ原告製品の使用数量等の連絡を要請した丁寧な文書内容としている。

原告はこれをすべて虚偽事実の陳述、流布と決めつけているが、逆に原告の方で調停条項の趣旨を無視し、虚偽事実を流布し、被告らの名誉、信用を毀損する文書を配布していたのが実態である。

4  原告は、本件訴訟において、被告らがあたかも虚偽事実を陳述流布し、原告の業務を妨害したように主張している。しかし事実はその逆で、虚偽事実を陳述流布し、競争相手や紛争相手を誹謗中傷する術は、原告の方が長けていた。原告が東洋精米機に対し行ったそのような実例も種々あげることができる。

このように当業界、特に原告と被告ら間においては、文書を発信して、相互に誹謗、中傷し、見方によっては、相互に業務妨害行為を行ってきたものであるから、原告の主張は、いわゆる「クリーンハンドの原則」に反するものであり、仮に被告らの文書に多少とも不穏当な箇所があったとしても、自己防衛として違法性を阻却されるべきである。

5  被告らの文書により、原告が多少とも業務を妨害され損害を被ったとしても、被告らにおいても同様に信用を毀損され、更に被告らや東洋精米機の業務も妨害された結果、損害を被っていること明白であるので、原告の損害は過失相殺されるべきである。

6  被告雑賀及び東洋精米機は、昭和四〇年代において、両者合わせて一〇〇件以上の工業所有権を保有していたものであり、その一例として、特許登録番号第四〇〇五四〇号「石抜撰穀機」や特許登録番号第六九五四〇号「精穀機の自動停止装置」等は、被告財団が、専用実施権や特許権を保有していたものである。また被告財団は、被告雑賀が権利者である工業所有権の管理も行っていた。原告は、被告らが保有したり管理している工業所有権を侵害しており、被告らが原告に対して行った警告書その他の文書発信行為は、原告の工業所有権侵害行為に対する侵害排除の一環として行っているものであって、その中の一例をあげれば、原告は、被告財団から提起された東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第一〇二九六号特許権侵害差止請求事件(以下「別件訴訟」という。)において敗訴している。

右事件の対象物件は、本件で原告と被告ら間で問題となっている原告製品と同様、原告製造販売にかかる製品である。よって、原告の権利侵害は明らかであり、被告らの当該行為は、正当な権利行使として、当然容認されるものである。何らの権利侵害もしていない旨宣伝し、被告らを攻撃する原告の行為こそ、虚偽事実の陳述なのであり、過失相殺の対象とすべきである。

第四  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

一  被告らの主張1は否認する。

原告では他社製品を誹謗する宣伝戦略や戦術を取ったことはなく、同業他社のことは尚更推測できるものではない。

二  同2は認める。

三  同3ないし5は否認する。

右4において、被告らが主張する原告発送の文書は、被告らの本件不正競争行為による全国で四六店に及ぶ原告取引先代理店の動揺や将来への憂慮等を静め、営業の混乱を防止し、被告らと東洋精米機による代理店の侵奪を防止するなどすべて原告の企業防衛、商権防衛の範囲内のものである。もちろん被告らの違法不当な権利行使が誤っていることをさとし、被告らに反省を求め、速やかにこのような行為を中止するよう要請したことも事実である。

四  同6中、原告が別件訴訟において敗訴したことは認め、その余は否認する。

右特許権の発明者は訴外佐竹利彦氏であり、同氏から被告財団が専用実施権の設定を得たもので、設定目的は原告に対する営業妨害を補強する手段として権利行使することにあった。

第五  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一、二は、当事者間に争いがない。

二  請求原因三について判断する。

1  原本の存在及びその成立に争いのない甲第一〇〇号証、成立に争いのない甲第一一六号証、甲第一一七号証、甲第一三九号証の一、二、甲第一四〇号証ないし甲第一四五号証、甲第一五〇号証、甲第一五一号証、甲第一五二号証の一、二、甲第一五三号証ないし甲第一六二号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一四八号証、、甲第一四九号証、乙第三七号証の一、二、乙第三八号証の一ないし八、一八、乙第四七号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第四〇号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙第三八号証の九ないし一七、被告雑賀慶二本人尋問の結果(但し後記認定に反する部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告雑賀は米穀商兼精米機の製造販売業であった先代の次男として生まれ、昭和二四年に中学を卒業後、実兄和男と共に家業を手伝うようになり、兄の和男が精米機の販売を担当し、被告雑賀は精米業に従事する傍ら、精米技術と加工機械の研究に取り組んでいた。被告雑賀は昭和三六年に特許登録第四一七五五八号外にかかる石抜撰穀機を発明し、それを機会に東洋精米機が設立され、家業の雑賀精米機店の事業は同社に引き継がれた。被告雑賀は東洋精米機の経営は実兄和男に委ね、自身は同社の技術部長等として精米機等の研究開発に専念し、昭和三八年四月には自己の有する工業所有権等の私財を拠出して被告財団を設立し、創造技術の追究、発明思想の普及改善等の事業を開始した。

(二)  被告雑賀は、東洋精米機の株主であったほか、昭和四八年、昭和四九年当時も昭和五六年当時においても、おおむね週に二、三日程度東洋精米機を訪れて技術指導、技術開発に従事し、また昭和六〇年二月七日、実兄和男の病気療養に伴い、東洋精米機の代表者の地位に就き、同月一三日その旨の登記がされた。

(三)  被告財団は、被告雑賀から、その有する特許権等の工業所有権を譲り受けて権利者となったり、あるいは被告雑賀の工業所有権を管理しており、被告意匠権については、被告雑賀が意匠権者で被告財団がこれを事実上管理していた。東洋精米機は、被告雑賀及び被告財団が持っている特許権等工業所有権中の約半数について有償で実施許諾を受け、それを実施した製品を製造販売していた。そしてその実施許諾料は、被告雑賀個人の特許権についてのものを含めて、被告財団に支払われていた。また、被告雑賀が昭和四八年、昭和四九年当時、昭和五六年当時しばしば東洋精米機を訪れたのは、被告財団が東洋精米機に技術指導をすることになっていたためである。

昭和四九年頃の被告財団は、常勤理事が被告雑賀と訴外小山で、他に非常勤理事一名、事務員二、三名の組織であった。

被告雑賀はこのように、被告財団の理事であったが、東洋精米機の代表者の地位に就くと共に被告財団の理事から退いた。しかし、対外的には依然として被告財団の会長と称しており、現に被告財団が自らを外部に紹介するために作成したパンフレット等にも、会長として被告雑賀が紹介されている反面、その他の理事は紹介されていない。

(四)  ご飯のおいしさと米粒の保水膜の関係についての東洋精米機と被告財団の共同研究を報道した平成三年二月一四日付けの読売新聞においては、被告財団が、東洋精米機の関連施設として紹介されている。

また被告雑賀の発明品の概要として、「トーヨー撰穀機」、「トーヨーコンマイ機」、「トーヨーストレートパッカー」、「トーヨーヌカオートミーター」、「東洋調質機」などが文書により紹介されており、東洋精米機の社名が付されて販売されている製品によって、被告雑賀の発明が紹介されている。

(五)  その他、

(1) 東洋精米機は、昭和四一年ころ、その社外向け広報文書である「トーヨーニュース」で被告雑賀が原告に対し断行仮処分決定を得て執行したことを宣伝し、原告を非難した。

(2) 昭和四九年二月八日、東洋精米機が大阪で、精米機の業者を集めて販売会議を開いた際、被告雑賀が原告との間の工業所有権についての紛争の説明をした。

(3) 昭和五一年一一月、和歌山県下において東洋精米機が防音精米機の発表会を開いた際、東洋精米機社長の雑賀和男に続いて、被告雑賀が説明を行い、その席で集まった販売店から三〇〇万円の手形を徴収して、秘密保持のため東洋精米機製造の新製品などを他社に販売しないなどの趣旨の念書を入れさせようとした。

(4) 昭和五二年当時東洋精米機が発売していた「トーヨー防音精米機」について、かねて株式会社佐竹製作所が同社の実用新案権を侵害していると主張していたところ、東洋精米機が申し立てていた右実用新案登録異議申立てが理由ありと決定されたことについて、被告財団理事長被告雑賀は、昭和五二年一二月二四日販売店に宛てた文書で、「かねてより特許庁に於て、(株)佐竹製作所と「当方側」で争われてきた登録異議申立事件につき、この度特許庁は「当方」の主張を全面的に認めた」旨記載する等、東洋精米機を「当方」としつつ、東洋精米機の右製品を擁護し佐竹製作所を非難した。

(5) 被告雑賀は、大津地方裁判所昭和四九年(モ)第一〇七号事件において当事者本人として尋問された際、自らの特許権等の侵害品が売れれば、その分東洋精米機の実施品が売れなくなり、被告財団の収入となる特許権の実施料が減少すると考えて、侵害品について法的手段を採ってきたと陳述した。

(6) 昭和五七年に販売された精米機「トーヨーエレコン」は、被告雑賀が開発したものであるが、昭和五七年七月二八日に東洋精米機の本社工場で行われた同製品の発表会において、被告雑賀が、東洋精米機の会社代表者挨拶、新製品の性能公開実演開始ののち開発者として紹介され、同製品の説明を行い、また同年八月一日から同月二日にかけて、同所において行われた同製品の性能公開実演会とシンポジウムにおいても、「トーヨーエレコン」の発明者としてパンフレットに紹介されており、また右発表会について報道した昭和五七年八月一二日発行の米穀新聞における囲み記事において、被告雑賀は新聞記者に対し、自分が新製品を開発したようになっているが、本当は「大部分は、エレクトロメカトロニクスのベテランであるわが社の二名の」研究によるものであると述べ、あたかも東洋精米機に自ら属するかのような表現をしている。

(7) 被告財団は、昭和五七年頃、東洋精米機の販売代理店に対し、東洋精米機が販売した前記エレコンなどの製品を開発した被告雑賀を支援するなどとして、右製品が他メーカーに渡ったり、その内容が知られないようにするなどを約束させ、その保証として約束手形を差し入れさせた。

2  右1に認定した東洋精米機の設立の経過、被告財団設立の経過、被告雑賀、被告財団と東洋精米機との事業上の密接な関係、被告らの活動状況、言動、被告らに対する業界や社会の評価の内容などを総合すると、少なくとも後記の本件不正競争行為が行われた当時、被告雑賀と被告財団及び東洋精米機は、法的には別人格であるとしても、被告雑賀において研究、発明等をし、被告財団においてそれに基づく工業所有権を管理、保全しつつ、東洋精米機において右工業所有権を実施した製品を製造販売して利潤をあげ、実施料を被告財団に支払うという一連の経済活動を共通の目的として、共同して遂行する関係にあったものであり、被告雑賀及び被告財団は、東洋精米機と同種の営業を行う原告と実質的に営業上の競争関係にあったものと認めるのが相当である。

3  被告らは、被告財団は、和歌山県で有数の工業所有権思想啓発を目的とする財団法人であり、定款に照らしても利益追及の目的などは有しておらず、現実の活動も、各種公益事業は行っているが、営利的事業や営業行為は行っていないと主張する。

前記乙第四七号証、成立に争いのない乙第三九号証、乙第四八号証の一ないし六、八ないし一〇、乙第五六号証の二ないし一〇、乙第五七号証、乙第五八号証、乙第六〇号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第四〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第四二号証ないし乙第四四号証、乙第四八号証の七、乙第四九号証ないし乙第五二号証、乙第五三号証の一ないし四、乙第五六号証の一、乙第五九号証、乙第六一号証、乙第六二号証の一、二、乙第六三号証ないし乙第六八号証、乙第六九号証の一ないし一三、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙第四一号証及び被告雑賀本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告財団の昭和三八年の設立当初から平成三年六月までの寄付行為では、被告財団の目的は、工業技術及び発明思想の普及向上のための一般に公開する講演会の開催、工業技術に関する一般に公開する研究設備の設置、その他この財団設立の目的達成のため必要と認める事業とされており、営利的事業は目的とされていないこと、昭和三八年頃、関係者に、被告財団の設立趣旨は発明研究の援助、発明奨励などの活動をすることであるとの趣旨の文書が配布され、今日においても、被告財団は、工業技術の研究や工業技術者の援護養成などの事業を通じて産業の発展に寄与することを目的とする旨事業の説明書等で説明されていること、現実の活動においても、各種の工業技術紹介の講演会の開催、和歌山県下産業に対する各種の技術支援、学童、生徒、一般を対象とする技術開発、発明に関する各種の講習会、催事等の開催、和歌山県を初めとする各種公益団体に対する寄付などを行っていることが認められる。

しかしながら、被告財団はこれらの公益事業を行う一方で、前記認定1、2に判断したとおり、被告雑賀や東洋精米機と密接な関係を有し、少なくとも後記本件不正競争行為が行われた当時、実質的に被告雑賀や東洋精米機と一体となって競争業者に対する後記四認定の文書配布等による不正競争行為を現実に行っていたものであり、原告と競争関係にあったと認められるから、被告らの右主張は採用できない。

前記甲第一五四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇四号証、被告雑賀本人尋問の結果中の右に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三1  請求原因四1の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、昭和四三年ころから原告製品を製造してきた原告に対し、被告雑賀が昭和四九年一月三〇日、和歌山地方裁判所に本件意匠権侵害訴訟を提起し、控訴審、上告審と上訴したが、一審(和歌山地方裁判所)で本件訴訟対象製品は被告意匠権を侵害するものではないという理由によって、被告雑賀の製造販売差止等の請求が棄却され、控訴審(大阪高等裁判所)、上告審(最高裁判所)ともに右判断が維持されて、確定したものである。

なお、別紙目録一の(一)ないし(四)と別紙訴訟対象製品目録と被告意匠とを対比すると、原告製品の内、別紙目録一の(一)のものは別紙訴訟対象製品目録記載のものとほぼ同一であり、別紙目録一の(二)ないし(四)のものは、前面上部に、開閉扉付カバーがその上端縁において垂設され、その下端部が前方斜め下方へ突出している点において、別紙訴訟対象製品目録記載のものよりも更に被告意匠との類似点が少ないものであることが明らかである。

2(一)  民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知ることができたのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。

(二)  原告は、被告雑賀は昭和三八年ころからこの種工業所有権紛争を頻繁に取り扱っているもので、本件訴訟対象意匠が、本件登録意匠の権利範囲外の意匠であることをよく知っていたものであり、被告雑賀は、あえて敗訴を自認の上、原告を模倣の常習者、侵害者呼ばわりする手段として訴訟を提起し利用しようとしたものであって、本件意匠権侵害訴訟は、各種手段による虚偽事実の陳述流布による原告の営業妨害行為と一連一体で、原告に対する営業妨害行為を援護正当化すべく提訴追行されたものであるから、その不当提訴性は著しく高いと主張し、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一四号証及び弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める甲第一一五号証によれば、昭和五二年初め頃被告雑賀が、その依頼した弁理士を通じ、弁理士高田忠に本件訴訟対象製品について被告意匠権侵害の有無の鑑定を依頼したところ、同弁理士は検討の上、依頼の趣旨にそう(即ち本件訴訟対象製品は、被告意匠権を侵害する旨の)鑑定にはならないとして、被告雑賀の依頼による鑑定を断ったことが認められる。

また本件訴訟対象意匠と、別紙意匠公報写しにより認められる被告意匠とを対比すると、

(1) 正面形状の具体的構成態様において、被告意匠は、中央下方寄り約三分の二の高さの内枠を表わし、枠に接する上方中央部に穀類落下量調節桿及び握球を突設し、枠内に上下に略三等分した区画を設け、中央の区画の上部、全体の高さの二分の一より低い位置に、全体の幅の約三分の一の幅の四角い穀粒排出樋を設け、樋の先端部を内部から前下方へ傾斜して突出させ、上及び下の区画部を各横開き扉としているのに対し、本件訴訟対象意匠は、両側板部を除いた正面全面を操作面とし、全体の高さの二分の一より高い位置の中央にフードをそなえた、全体の幅の約五分の三の幅の横長長方形の穀粒排出樋を設け、樋の先端部を内部から前下方へ傾斜して突出させ、上端に接する傾斜面中央部に穀粒落下量調節桿及び握球を突設し、傾斜面の下縁稜線部に蝶番を設けて大きな上下開き扉を形成し、穀粒排出樋の下を大きな無模様板部とし、その中央下方寄り部に正方形の開き扉を形成している点、

(2) 左右両側面及び背面の具体的構成態様において、被告意匠は右の三面の全体を平滑無模様とした上下縁を有する直方立方体のキャビネット型であり、その右側面前方寄りの下方にファン回転軸の突出端に固着のプーリーが突出しており、左側面前方寄りの下方にファン回転軸の突出部が僅かに突出しているのに対し、本件訴訟対象意匠は、両側板部を除いた背面全面も操作面とし、上下に略三等分して上の区画の上部中央に略正方形の上下開き扉、同じく下端中央に異物排出弁開閉桿を、中央の区画に異物排出用樋をそれぞれ設け、下の区画を全面にわたって上下開き扉とし、左右両側面には前方寄りの下方約二分の一に、縦長長方形の鎧戸状通気孔部が設けられている点、

(3) 平面の具体的構成態様において、被告意匠は、略正方形の上部開口縁から全体の高さの約三分の一下った位置からホッパー部を形成する四面の傾斜面が始まり、ホッパー部の底部は全体の高さの約二分の一の位置にあり深いのに対し、本件訴訟対象意匠は、長方形の上部開口縁の直下からホッパー部を形成する四面の傾斜面が始まり、ホッパー部の底部は全体の高さの約四分の三の位置にあり浅い点、

がそれぞれ相違し、これらの相違点からすると、両意匠は一見してかなり異なる部分があるものと認められる。

(三)  しかしながら、他方では次のような事実も認められる。即ち、

(1) 原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証ないし甲第五二号証及び成立に争いのない甲第六一号証によれば、本件意匠権侵害訴訟は、和歌山地方裁判所においても、昭和四九年三月七日の第一回口頭弁論から、昭和五五年八月一八日の第三五回口頭弁論終結に至るまで六年余りの審理を経ていること、昭和五五年一一月一七日に言い渡された判決において非侵害との判断がなされたが、右判決においては、「本件意匠(被告意匠)とイ号意匠(本件訴訟対象意匠)とは、穀類撰別機構を内部に収容し、正面背面が長方形状で、正面の上方部に穀粒落下量調節桿及び握球、中央部に穀粒排出樋を設け、樋の先端部を内部から前下方へ傾斜して突出させ、平面は全体を開口部として四面の傾斜面で形成するホッパー部を設けたキャビネット型である点は共通している」と認定され、このような穀類撰別機としての基本的形状については同一であると認定された上で、上記の相違点を含めた具体的な相違点が幾つか指摘され、そして、その中でも本件訴訟対象意匠は変形八面体であり、正面における内枠に三分した操作区画がなく、背面及び側面が無模様でない点が、両穀類撰別機の意匠を別異のものとして印象づけるほどの顕著なものであるとして、本件訴訟対象意匠は被告意匠の範囲に属しないと判断されていることが認められる。

(2) 前記甲第六一号証によれば、本件意匠権侵害訴訟において、被告雑賀は、被告意匠は「キャビネット内に漏斗、穀粒排出樋及びファン内包ファンカバー等を完全に納め、該排出樋の先端の一部を除きこれらが、完全に外部から被覆されているいわゆるコンパクトな密閉形状」、「上部開閉扉及び下部開閉扉が穀粒排出樋の先端一部突出部を上下よりはさんでキャビネットの正面板と同一面上に位置している形状」、「キャビネット内において、漏斗の四面がその下部中心に向かって傾斜している形状」の三点において公知の撰穀機と全く異なる新規性を有すると主張し、その前提の下で、被告意匠の構成及び新規性を有する点は本件訴訟対象製品においてもすべて備えられており、他方両者の相違点として、本件訴訟対象製品において角筒の背面に上下二個の開閉扉が設けられており、各側面の下部正面寄りに通気孔のような穴を設けている点、本件訴訟対象製品には、移動用持手、ボールトの突出部が側面板より前方に突出し、漏斗に沿う穀粒落下量調節板の把動杆、パイロットランプ、同押ボタンスイッチ、開閉扉の下端部等が正面板より前方に突出し、更に異物排出用樋の先端の一部、異物排出弁開閉桿の一部、背面開閉扉の把手等が背面板より前方に突出している形状が認められるものの、これらはいずれも形状において占める比重は僅少であり、格別の意匠要素とは認められない、また、被告意匠の平面がほぼ正方形状であるのに対し、本件訴訟対象製品が平面において、矩形状である点も、本件訴訟対象製品の形状はどちらかと言えば、正方形に近い矩形状であり、微小な差異であって問題とならない、本件訴訟対象製品は、各側面において、上壁から約一〇〇ミリメートル付近で稍々内側に屈折しているが、視覚上この屈折率は僅かで、しかも本件訴訟対象製品の側面形状は方形に属する点で、被告意匠と同じであるから、両者は少なくとも類似するなどとして、本件訴訟対象意匠は、被告意匠に類似すると主張したことが認められる。

(3) 前記乙第三七号証の一、二によれば、被告雑賀は昭和四九年前半ころ、和歌山地方検察庁に対し、原告が被告意匠権を含む同被告の特許権、実用新案権、意匠権を侵害しているとして告訴したが、その事件について検察庁に提出した申述書においても、本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害しているとする理由の一つとして、上記と同様の被告意匠の斬新性から、被告意匠権の権利範囲が広いとの趣旨の主張をしていたことが認められる。

(4) 前記乙第三八号証の二及び七、弁論の全趣旨により成立を認める乙第三〇号証によれば、被告雑賀が昭和三六年に発明した石抜撰穀機が当時、それまで不可能であった米に混じる石の粒等を取り除くことを可能にした機械として画期的なものであったとともに、意匠の面においても、それ以前はホッパーが本体上部に本体と別個に設置され、かつ動力部分が本体と別個に本体の側部に設置された構成が一般的であったのに、これらホッパー部、動力部を本体の中にすべて収納し、一体化した被告意匠は、石抜撰穀機の意匠としては斬新なものであったことが認められる。

(5) 前記乙第三〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一二号証、乙第二八号証、乙第二九号証によれば、昭和四九年月日記入なし(田中宏弁理士)、同年九月一二日(同弁理士)、昭和五二年九月一日(樽本久幸弁理士)、昭和五三年四月二一(鈴木一元弁理士)と三名の弁理士が、個別に、四回にわたり本件訴訟対象製品が被告意匠権の権利範囲に属する旨文書により鑑定しており、これらの鑑定においては、被告意匠権についての二つの類似意匠の存在とそれと被告意匠との対比、あるいは前記(4)認定の被告意匠の新規性から、被告意匠の権利範囲を広くとらえ、本件訴訟対象製品が被告意匠に類似するとの結論を出していることが認められる。

(四)  ところで、登録意匠が従前類例の存在しなかった斬新な意匠であれば、その権利範囲が広いという見解自体は、意匠権の権利範囲の解釈の一般論として肯定できるものであり、また類似意匠の存在から意匠の権利範囲を検討するという手法も意匠の権利範囲を認定する方法の一つとして一般にとられているものである。右(三)に認定した各事実、とりわけ被告雑賀が、被告意匠の斬新性から権利範囲が広いと解釈すべきであることを告訴の根拠の一つとして和歌山地方検察庁に対しても説明していること、本件訴訟対象意匠が被告意匠と類似であるとした前記の複数の弁理士による鑑定結果が存在したこと、前記の本件意匠権侵害訴訟における被告雑賀の主張及び裁判所の判断の結果などに照らせば、前記(二)認定の事実をもっても、被告雑賀は当時本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害していないことを認識していたと認めることはできない。

また右(三)に認定した事情からすると、前記(二)認定の事実を考慮しても、通常人において、本件訴訟対象意匠が被告意匠と類似しないことを容易に知り得たものとは認められない。その他、前訴提起追行が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということのできる事情は認められないから、被告雑賀が本件意匠権侵害訴訟を提起しこれを維持した行為に違法性は認められず、これをもって不法行為に当たるということはできない。

よって、その余の点を検討するまでもなく、前訴提起追行が不法行為に該当することを理由とする請求は失当である。

四  請求原因五について判断する。

1(一)  同1について

被告財団が原告主張の別紙二のとおりの内容の文書を株式会社中辻商会ら四社に郵送したことは当事者間に争いがない。

前記甲第一五四号証、乙第三七号証の一、成立に争いのない甲第六八号証ないし甲第七〇号証の各一、二、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七八号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 昭和四九年一月三一日付けで株式会社中辻商会、アツタ機械株式会社、株式会社タカギへ郵送された文書である甲第六八号証ないし甲第七〇号証の各一は、いずれも同一の文書内容が印刷され、印刷文の末尾の上部寄りに「御中」と印刷され、それに合わせて個々の宛先会社名が手書きで記入されている体裁で、その内容も原告製品等が、被告財団が所有しあるいは管理している特許権、意匠権を侵害している旨述べた上で、「貴社が前記製品を販売されているらしいとのことを耳にしましたので、(中略)、本書を差し出した次第であります。」とする、宛先毎の個別の事情が反映されていない一般的なもので、配布先として不特定多数の原告製品等の販売店を予定した体裁、内容となっている。

(2) 昭和四九年三月二五日、原告及び原告の関連会社である丸七商事株式会社(以下「丸七商事」という。)が、原告代理人に事態の報告とそれに対する適切な措置を求めた報告書において、前記の文書が全国的に配布され、原告及び丸七商事の主な販売店二〇社から資料として郵送されており、その配布先は一〇〇店以上に及ぶものと推察されるとしているほか、更に昭和四八年一一月から翌昭和四九年三月までの原告及び丸七商事の月別受注量が激減していることが報告されている。

(3) 被告雑賀は前記三2(三)(3)の告訴事件に関連して、昭和四九年六月二九日付けで和歌山地方検察庁に提出した申述書で、甲第六八号証ないし甲第七〇号証の各一の文書について、「(特許権及び意匠権侵害についての)訴訟提起の準備をすると共に該訴訟を提起した場合、業界に及ぼす影響、一般需要家(大部分は末端販売店、精穀業者、米穀販売店である)に与える不安感等を除去する為、昭和四九年一月三一日付財団法人雑賀技術研究所常務理事小山勇名にて雑賀技研の説明と共に工業所有権侵害の一般的啓蒙をすると共に警告を発した次第である。」と説明し、販売店に一般的に送付したことを認めていた。

(4) 被告雑賀は、昭和五三年六月二六日、大津地方裁判所昭和四九年(モ)第一〇七号事件の本人尋問において、甲第六八号証ないし甲第七〇号証の各一のような文書は販売店名簿に記載された全販売店に出した旨供述している。右(1)ないし(4)に認定した事実を総合すれば、別紙二のとおりの内容の文書は、被告財団が被告雑賀の了解の下に、精米機の販売店名簿に基づき無差別に、同名簿に記載された全販売店に送付したもので、その送付先は、原告が当時取引きを行っていた販売店を含む精米機販売店のほとんどに及び、少なくとも一〇〇社を下回らないと認めるのが相当である。被告雑賀本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できない。

(二)  右甲第六八号証ないし甲第七〇号証の各一によれば、その記載内容の要旨は、被告財団らに無断で特許権等を使用している製品の一つとして丸七石抜撰穀機を明示した上で、原告に対しては特許第六九五四〇五号、意匠登録第二三一三九三号(被告意匠権)をもって警告をしてきたが、原告には工業所有権尊重の意思が見られないので、そのうちにしかるべき措置を取らざるを得ないと述べるとともに、特許法では権利の侵害は製造行為だけではなく、その製品の販売行為や使用行為等も含まれるとし、貴社(文書の送付先)が前記製品を販売されているらしいので本書を差し出した次第であり、仮に貴社が前記製品を業として販売している場合は特許権等の侵害行為になると断定し、侵害品の販売事実があるときは御連絡いただきたいと要求した上、もし本書を無視したり虚偽の連絡をしたことが後日分かったときは、それに対し適当な方法を採らざるを得ないとし、実例として村上式の石抜撰穀機について被告財団が差止請求権を行使し、村上製作所は大きな損害を被ったことをあげているものであることが認められる。

右認定の文書の記載内容によれば、右文書は宛先の販売店等に対して、原告製品は被告意匠権に抵触しており、これを購入して使用することは被告意匠権を侵害するものであること、被告らはこのような販売、使用行為に対しても被告意匠権を行使する予定であり、その対象になれば村上製作所のように差止請求権を行使されて損害を被るであろうことを告知しているものであって、本件意匠権侵害訴訟が、前記三1のとおり、本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害するものではないとの理由で被告雑賀の請求が棄却されて確定した事実に照らせば、右の文書を送付した行為は、改正前不正競争防止法一条一項六号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ流布スル行為」に当たるものである。

2  同2について

(一)  被告雑賀が、昭和四九年二月一四日、弁護士を通じて、清水式精米機製作所に原告主張の別紙三のとおりの内容の警告書を発送したことは当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第七四号証の一、二によれば、右警告書はその後間もなく清水式精米機製作所に到達したことが認められる。

被告らは、右は原告製造販売にかかる「マルシチ石抜撰穀機」を対象としたものではなく、「清水式石抜撰穀機」を対象としたものであると主張する。

しかしながら、前記甲第一五九号証によれば、昭和四一年頃、被告雑賀が作成し販売店に配布した文書において、断行仮処分によって原告が石抜撰穀機を製造販売することが差し止められた旨述べた上で、「マルシチ又は、これに類似する撰穀機の使用も販売も『してはならない。』のであります。マークだけ異なる清水式、その他も勿論です。」と記載していたことが認められ、また弁論の全趣旨により成立を認める甲第七六号証によれば、被告雑賀は昭和四九年二月一一日、清水式精米機製作所代表者林国雄と面談し、原告製品が被告意匠権を侵害しており、それを販売している清水式精米機製作所を被告財団の理事が問題にしている旨告げたことが認められ、右各事実によれば、清水式石抜撰穀機は原告が製造した石抜撰穀機に清水式精米機製作所の商標を付して販売しているもので、そのことは当時被告らを含めた当業者の間において認識されていたことが明らかであり、被告らの主張は採用できない。

(二)  右警告書の記載内容は、清水式精米機製作所に対し、同社が製造販売している石抜撰穀機が、被告意匠権を侵害する疑いがある、同社において調査の結果万一同社販売の石抜撰穀機が被告意匠権に抵触するならば直ちにその販売を中止すると共に今日までの販売数量、販売利益額を御報告下さいとの趣旨のものであって、前記のとおり、原告製造の石抜撰穀機が被告意匠権を侵害した事実がなかったのに、その疑いがあると述べることによって右事実があることを暗示し告知するものとして、右1同様に、改正前不正競争防止法一条一項六号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ流布スル行為」に当たるものである。

3  同3について

(一)  昭和四九年九月二七日ころ、被告財団名により、原告主張の別紙四のとおりの内容の文書が渡辺商店他数社に郵送されたことは当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、成立に争いのない甲第七九号証ないし甲第八七号証によれば、右文書は、被告財団の保有又は管理する精米機についての特許権としては具体的に特許第六九五四〇五号等をあげ、また混米機についての権利としては意匠権をあげているが、本件で問題になっている石抜撰穀機についての権利としては、「特許権等について」としか記載されておらず、果たして、被告意匠権を含むものであるか右文書の内容から明らかではないこと、また右文書はこれに引き続いて、これら権利を侵害するものに対しては訴訟を提起するなどの法的措置に出ると警告しており、その中に「例えば東京の石抜機の製造業者の場合慢性的に模造品を製造販売しているとの業界の批評もあり、これに対し法秩序を守るためにも断固たる措置を取り製造販売などの禁止と約一億二〇〇〇万円の損害賠償請求権に基づく内金請求訴訟を提起し」という記載があることが認められるが、右文書の記載内容だけで、右の文書の送付を受けた一般の販売業者において、右にいう「東京の石抜機の製造業者」とは原告を指すものであり、原告製品の石抜撰穀機が被告意匠権を侵害するものであるとの趣旨であると認識できたものとは認められず、他に右文書が右のような趣旨のものと認識できたことを認めるに足りる証拠はない。

よって、右文書については、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布したものと認めることができない。

4  同4について

(一)  昭和五〇年四月ころ、被告財団名で、原告主張の別紙五のとおりの内容の葉書を発送したことは当事者間に争いがない。

被告らは、右葉書について発送先が原告主張のように二〇〇社に達するものではないと主張する。右の発送通数を確知するに足りる証拠はないが、成立に争いのない甲第八八号証によれば、右文書は、葉書に印刷され、「過日当財団より丸七石抜撰穀機の件で、その販売事実がある場合、それを御連絡いただければ穏便にとり計る旨、御通知申し上げておりました」との書出しから始まるものであり、その内容からも宛先毎の個別の事情が反映されておらず、また、文章の内容及び前記1認定の文書の文面内容からすれば、右の過日の連絡とは、前記1認定の文書の配布行為であると推認されるから、前記1認定の文書と同様の方法、すなわち精米機販売店に対し無差別に送付することにより、ほぼ同数すなわち少なくとも一〇〇社程度の販売店等関係業者に送付されたものと推認するのが相当である。そして前記二1、2に認定した被告雑賀と被告財団の関係及び被告雑賀が被告意匠権の意匠権者であることからすれば、被告財団が被告雑賀の了解を得て右葉書を発送したものと認められる。

(二)  被告らは、右書面は具体的な特許権等を特定して権利侵害を警告したものではなく、「虚偽事実の陳述」に該当しないと主張する。

しかし右葉書の内容を見ると、右(一)に認定した前記1認定の文書の配布行為を示す書き出しから始まり、「然るにそれを無視した販売業者が各地に見られますので、当財団では特許制度を知らしめるため、製造メーカーのみならずこれら販売業者に対しても法的手段に訴えることにし、すでに丸七特約店である某商店及びその設置先などに対して権利行使をしました。」とし、右権利行使を受けた企業が大損害を受けた旨述べ、更に「それもひとえに丸七の偽計とも知らず、事実に反する宣伝を信用して当方に非ありとの正邪を反対に見誤ってきたのが原因で、今となって真実を知り、丸七側にだまされていたことを悟るには余りにも大きな犠牲を払い過ぎています。」などという内容であって、つまるところ原告が販売店に対し、原告製品を扱っても被告らの工業所有権に抵触せず大丈夫であると告げていたのは、虚偽の事実を販売店に告げていたとするものであることが認められる。そうしてみると、結局右は前記1認定の文書に引き続き、原告製品が被告意匠権を侵害していることを当然の前提として原告を非難するものと認められるから、右葉書の送付行為も前同様、「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ流布スル行為」に当たるものである。

5  同5について

前記甲第七六号証、甲第一五九号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第九八号証及び証人隆敏夫の証言によれば、被告雑賀が、前記2の警告書が発送される直前の昭和四九年二月一一日ころ、原告の主要取引先である清水式精米機製作所の代表者林国雄と面談し、原告製造の石抜撰穀機は被告意匠権を侵害していることを強調し、それを販売している清水式精米機製作所を被告財団の役職者が問題にしており、近日中被告雑賀の代理人から警告書が送られるはずであり、原告製品の石抜撰穀機が被告意匠権を侵害していることを認める回答を出してほしい等の趣旨を告げたことが認められる。

被告らはこれについて、原告製造販売にかかる「マルシチ石抜撰穀機」を対象としたものではなく、「清水式石抜撰穀機」を対象としたものである旨主張するが、右について理由がないことは、前記2に説示したとおりである。

右の陳述は原告製品が被告意匠権を侵害するものであるとの内容を含むものであり、改正前の不正競争防止法一条一項六号の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ陳述シ」に該当すると認められる。

6  同6について。

(一)  原告主張の新聞記事がそれぞれ原告主張の読売新聞及びサンケイ新聞に掲載されたことは、当事者間に争いがない。

(二)  まず読売新聞に掲載された記事について検討する。

成立に争いのない甲第七二号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める同号証の三及び証人隆敏夫の証言によれば、昭和四九年二月一日付け読売新聞に、被告雑賀が、原告と丸七商事に対し本件意匠権訴訟を提起した旨の記事とともに別紙六の写真が掲載されたこと、その具体的内容は、見出しを「精米機デザイン盗用された」、「発明家2社相手どり賠償訴え」とし、本文において「訴状によると」として被告雑賀の主張をくわしく紹介する部分に「丸七製作所(原告)と丸七商事は昭和四二年から昨年までに形からスイッチの位置までそっくりのデザインで約八三〇〇台を製造「マルシチ撰穀機」として販売しており、雑賀さんは一台につき一万四〇〇〇円、計一億一六二〇万円の損害を受けたとし、とりあえず両者で四〇〇〇万円を内金として支払うように求めている。」との部分を含み、他方原告の主張は紹介されていないものであること、更に右新聞記事と共に掲載された別紙六の写真には、中央に被告雑賀が立ち、向って左側に本件意匠権侵害訴訟の対象となった当時の原告製品ではなく、それより前に原告が製造販売していた原告旧製品が、同右側に東洋精米機の製造販売にかかるトーヨー撰穀機が写っており、その下に、「訴えられたマルシチ撰穀機〈左〉と雑賀さん(中央)が契約したトーヨー撰穀機」との説明が付けられていること、その写真に写った原告旧製品とトーヨー撰穀機とを比較すると、前面部及び右側面の外観が一応類似していると見えること、写真中のトーヨー撰穀機と被告意匠とを対比すると、トーヨー撰穀機は、前面及び右側面の形態が被告意匠と相当に異なり被告意匠権の実施品とは解されないことが認められる。

右認定事実によれば、右読売新聞の記事は、被告雑賀によって原告を相手方とする意匠権侵害差止等の訴訟が提起されたという客観的な事実を含むものであるが、その文章中の、原告と丸七商事は昭和四二年から昨年までに形からスイッチの位置までそっくりのデザインで約八三〇〇台を製造「マルシチ撰穀機」として販売しており、被告雑賀はこれによって受けた損害の内金四〇〇〇万円を支払うよう訴訟で求めているものである旨の部分と前記認定のような説明の付けられた前記のような内容の写真を合わせて全体として読めば、一般読者は、訴訟の対象となった原告製品は、被告意匠の実施品と類似しており、被告雑賀の言い分のとおり、訴訟の対象となった原告製品は被告意匠権を侵害し、被告雑賀に損害を与えているものであるかのような印象を受けるものであると認められる。

そして本件意匠権侵害訴訟において被告雑賀敗訴の判決が確定したことは前記三1のとおりであり、被告意匠と原告製品が、形からスイッチの位置までそっくりのデザインと言えるものではなく、しかも右認定のとおり写真に写された原告旧製品は本件意匠権侵害訴訟の対象となった原告製品ではなく、トーヨー撰穀機も被告意匠の実施品とは認められないから、右読売新聞記事は客観的に虚偽の事実を報道したものというべきである。

ところで、弁論の全趣旨により成立を認める甲第七三号証の一、二及び被告雑賀本人尋問の結果によれば、右記事を取材、執筆したのは、読売新聞大阪本社和歌山支局に属する記者であるが、同記者は被告雑賀から連絡を受けて被告雑賀を訪問し、同被告に取材し訴状の内容を確認し、写真を撮影した上、右記事を作成、提稿したものであることが認められる。また右の新聞記事の写真及び写真の説明は、被告雑賀の許諾と指示がなければ、撮影したり写された撰穀機の出所を知ったりできるものではなく、また両製品と共に被告雑賀も撮影されていることも合わせ考えると、それぞれ、被告雑賀の指示説明と許諾に基づいて撮影された写真であり、被告雑賀の指示説明に基づいて付けられた説明であると推認される。被告雑賀本人尋問中のこれに反する部分は信用できない。

右事実によれば、被告雑賀は、新聞記者の取材に応じて説明をし、撮影対象を指示して写真撮影を許諾すれば、説明と同旨の新聞記事、写真説明が新聞に掲載される可能性が高いことを認識しながら、積極的に読売新聞記者に連絡して訪問を受け、取材に応じて客観的に事実に反する説明をし、撮影対象として取材の対象となった訴訟と関係のない製品を指示して写真撮影を許したものであるから、読売新聞による虚偽の事実の報道は、被告雑賀が同新聞を利用して「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ流布」したものということができる。

被告らは、右の新聞記事は、新聞記者が独自の判断と責任に基づいて掲載したもので、被告らに責任はない旨主張する。

もとより新聞記事は新聞記者が執筆し、編集の過程で校閲、訂正を経ると共に掲載が決定され、掲載されるものであるが、本件意匠権侵害訴訟のような内容の訴訟提起の記事について新聞記者が多方面に取材をするものとは考えられず、訴訟の原告である被告雑賀が虚偽の説明、指示をすれば、それが不自然なものでない限り同趣旨の記事が掲載される可能性が高いことは、社会的経験を積み、取材を受けて新聞記事に取り上げられたこともある被告雑賀は認識していたものと推認され、被告雑賀が「虚偽ノ事実ヲ流布」したものと認めることに支障はない。

被告らは、原告は新聞社の問い合わせに対し、「責任者不在」と回答するのみで何ら正確なコメントをしなかったので、新聞社としても原告の意見を記事にすることができなかったものであり、原告の対応の不始末を不問にして新聞記事だけを攻撃するのは不当である旨主張し、前記甲第七三号証の一によれば、被告雑賀から取材した読売新聞記者が原告へ電話して意見を聞こうとしたが、「責任者がいない。明日にしてほしい。とにかくくわしくわかる者がいない。雑賀さんの機械とは全く別の物である。」との趣旨の返答で、記者は「雑賀さんの機械とは別物で盗用ではない。」との原告側の談話を入れた記事としたが、編集の過程で責任者の談話でないとして割愛されたものであることが認められるけれども、訴提起直後で訴状の送達も受けていなかったものと推認される原告が、突然の新聞記者からの問合わせに、右認定のような対応しかできなかったとしても、被告雑賀が新聞記者をして虚偽事実を内容とする記事を作成掲載させたことはいささかも正当化されるものではないから、右主張は失当である。

(三)  次にサンケイ新聞に掲載された記事について判断する。

成立に争いのない甲第七一号証によれば、サンケイ新聞の記事は、見出しを「意匠権を侵害」「和歌山市の発明家東京の精米メーカー訴える」とし、その内容は、(1) 被告雑賀が原告を相手取り本件意匠権侵害訴訟を提起した旨の記載、訴状によればとして(2) 被告雑賀が昭和三八年に被告意匠権を取得したこと、及び(3) 原告が被告雑賀の意匠権と酷似した石抜撰穀機を製造販売していることを被告雑賀の主張として紹介し、(4) 原告の代表者が、訴えられた機械は古い型で現在は製造していない、こちらでも意匠権を取っており、専門家も別の意匠だといっていると反論していることを紹介するものである。

これまでに認定した事実に照らせば、右の記事内容のうち(1)、(2)はいずれも客観的な事実であり、(3)は被告雑賀の主張と見れば、そのような主張を被告雑賀がしていたものであり、(4)については、原告の反論も適切に紹介されているものであるから、見出しの内、「意匠権を侵害」との部分は断定的な印象を与えるものの、右の新聞記事を全体として読めば、被告雑賀が原告に対して意匠権侵害を理由としての本件意匠権侵害訴訟を提起したこと、これに対し、原告にも反論があることが具体的に示されていて、原告を一方的に侵害者とするものでないことは誰にも読み取ることができ、右新聞記事の内容をもって虚偽の事実の報道があったとは認められない。よって、その余の点について判断するまでもなく、右のサンケイ新聞の記事に関し、被告らの行為が改正前不正競争防止法一条一項六号に該当するとの原告の主張は理由がない。

7  以上判断したところによれば、原告主張の不正競争行為のうち、請求原因五1、2、4、5及び6(ただし、6については読売新聞に掲載された記事に関してのみ)については、改正前不正競争防止法一条一項六号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ陳述シ又ハ之ヲ流布スル行為」に該当すると認められるが(以下、これらの不正競争行為を「本件不正競争行為」と総称する。)、右以外のものについては、虚偽事実の陳述、流布とは認めるに足りない。

8(一)  被告らは、販売店に対する本件不正競争行為は、いずれも昭和三八年頃から昭和四一年頃にかけての被告雑賀と原告との間の紛争の際、各販売店から権利の存在や権利抵触の疑いがある製品について情報を与えてほしいと要請されていたことから、各販売店に対し紛争の要点を通知し、原告製品が侵害品の疑いがあるとの注意を喚起したに過ぎず、また被告らは販売店への通知にあたり、使用業者の立場を十分考慮して法的措置に訴えることまでは考えておらず、ただ原告製品の使用数量等の連絡を要請した丁寧な文書内容としていると主張し、被告雑賀本人は右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、仮に一部の販売店からそのような要請を受けていたとしても、それによって、多数の販売店に対し、被告意匠権を侵害していない製品について侵害しているとの虚偽の事実を陳述流布することが許されないことはいうまでもない上、前認定1、2、4、5の事実に照らせば、本件不正競争行為中1、4、5は、単に侵害の疑いがある旨注意を喚起したに止まるものではなく、販売店に対し、原告製品は被告意匠権を侵害している旨断定し、被告らの主張を認めないかぎり、販売店に対し直接に権利行使をするつもりであるとの内容の文書を流布し、その旨の陳述をしたものであることは明らかであり、同2は文面上は「本件意匠権を侵害する疑いがあります。」というものであるが、前記5認定のとおり被告雑賀が面談して原告製品が被告意匠権を侵害するものであることを強調して警告書の送付を予告した直後に送付されたものであり、単なる注意喚起の文書とは認められない。

(二)  被告らは、原告と被告ら間においては、文書によって相互に誹謗・中傷をし、見方によっては相互に業務妨害行為を行ってきたものであるから、原告の本訴請求は、いわゆるクリーンハンドの原則などに反し、また過失相殺の対象となるべきであると主張する。

原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証の一ないし四、乙第八号証ないし乙第一一号証、成立に争いのない乙第一五号証、乙第一六号証、乙第一七号証の一、二、乙第一八号証によれば、

(1) 原告が昭和四一年頃その取引先に乙第六号証の一ないし四の文書を配布したこと、右文書の内容は、いずれも昭和四一年当時の、被告雑賀が権利者であった特許権に基づく断行仮処分の際の紛争における被告ら及び東洋精米機による販売店等第三者に対する文書配布行為に対抗するものとして、訴訟の状況や自己の主張の正当性を述べたものであること、

(2) 原告が昭和四九年二月一五日頃和歌山県知事大橋正雄宛に乙第八号証の内容証明郵便を送付したこと、右内容証明郵便の内容は、前記1認定の文書には社団法人発明協会和歌山県支部長、和歌山県知事大橋正雄名義の「財団法人雑賀技術研究所概要」と題する同年一月二一日付けの文書の写しが添付されていたことから、これに対する抗議をしたものであること、

(3) 原告が、昭和四九年二月及び三月、昭和五〇年、昭和五二年に取引先に宛てて、乙第九号証ないし乙第一一号証、乙第一五号証、乙第一六号証、乙第一七号証の一、二、乙第一八号証の書面を配布したこと、右書面の内容の中心は、被告らの本件不正競争行為に対する反論、訴訟の経過や原告の権利取得の報告が主であったことが認められる。

右認定事実によれば、乙第六号証の一ないし四は昭和四一年当時の原告と被告ら等との間の紛争の際の文書であり、仮にその内容に不適切な点があったとしても、本件不正競争行為を正当化する理由になるものではない。また、乙第八号証は、被告らが前記1認定の文書に和歌山県知事名の文書写しを同封したことに起因して原告が抗議したものであり、その他の右認定の配布文書も、本件不正競争行為を含む工業所有権侵害であるなどと原告を非難する内容の文書の被告らによる配布を発端として、原告において防御、反論のため対抗措置として配布したものであることが看取され、一部被告雑賀らを感情的に非難する部分において、不適切な点がないとはいえないが、これによって被告らの本件不正競争行為の違法性、有責性の消滅事由となるものではないし、被告らの責任を減少(過失相殺)させるようなものではない。

(三)  また被告らは、被告財団が原告となり、本件原告に対し提起した東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第一〇二九六号事件(別件訴訟)で原告が敗訴し、それが確定していることから、原告の権利侵害は明らかであり、被告らの本件行為は、正当な権利行使として許され、被告らを攻撃する原告の行為は、虚偽事実の陳述として非難されるべきであると主張する。

原告が、被告らから提起された別件訴訟において敗訴し、それが確定していることは、当事者間に争いがない。しかしながら本訴は、被告らが原告の取引先に対し、原告製品が被告意匠権を侵害するものではないのに侵害する旨流布陳述して、原告の営業上の利益を害したことを根拠とするものであるから、本件意匠権と無関係の右特許権侵害事件について、原告が敗訴しているからといって、そのことが被告らの本件不正競争行為を正当化し、あるいはその責任を減少(過失相殺)させるものでないことは明らかである。

五  請求原因六の事実について判断する。

これまでに認定した被告らの本件不正競争行為の内容、態様等に照らせば、これにより原告は営業上の利益を侵害されたものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

六  請求原因七の事実について判断する。

前記二1、2に認定した、被告財団は被告雑賀の私財の拠出により設立されたという設立経緯や被告ら相互は、工業所有権の取得、管理、実施を通じ密接な関係を有していたこと、現実に被告財団は、当時、被告雑賀の権利に対する侵害を防止排除するため各種権利侵害行為に対しこれを警告する活動も行っており、本件で問題とされる被告財団による文書送付行為もその一つとして、被告雑賀のためになされたものであること、被告財団の昭和四九年ころの人員は、常任理事として被告雑賀と訴外小山であり、その他に非常勤の理事と事務員二、三名がいるだけで、被告財団に対しては、その設立者でありかつ理事の地位にあった被告雑賀の影響力が大きかったと推認されることなどからすれば、被告雑賀及び被告財団が、本件不正競争行為を行うにあたり、被告らの間に意思を相通ずる関係があったと認めるのが相当である。

七  請求原因八の事実について判断する。

真実はそのような事実がないのに、自己の有する特許権、意匠権等を他人が侵害している旨をその他人の取引関係者へ告知することは、それにより当該他人の取引先に対し誤った警戒心を生じさせ、その結果侵害をしていると名指しされた他人に、取引関係者による取引回避等による大幅な売上減少などの損失を生じさせる危険が極めて大きいこと、特許権、実用新案権、意匠権その他の知的財産権の侵害か否かの判断は微妙で高度の専門的知識を要するものであることに照らすと、他人の取引関係者に当該他人が知的財産権を侵害している旨告知する場合には、その告知の真実性、即ち、係争の内容に応じて真に権利を侵害しているか否かの調査や告知の表現について高度の注意義務を負うものである。

本件においては、被告意匠と本件訴訟対象意匠との間には、前記三2(二)に認定のかなりの相違点が存在したこと、しかも、被告らが本件不正競争行為を行う前には、前記三2(三)(5)のとおり、田中宏弁理士から一回あるいは二回、本件訴訟対象製品が被告意匠権の権利の範囲に属する旨の鑑定を得ていたものであるが、成立に争いのない乙第二五号証の二ないし四によれば、右田中宏弁理士は昭和三六、七年ころ少なくとも三件の穀類選別機、選穀機に関する発明、考案について被告雑賀の出願代理人として特許出願、実用新案登録出願をしていることが認められ、同弁理士は、昭和三六年に出願された意匠に係る物品を穀類撰別機とする被告意匠権との関係でも、権利者である被告雑賀との関係でも、利害関係のない中立的な立場にあったものとはいいがたく、そのことは被告雑賀も認識できたはずであることを考慮すれば、結局被告らは本件不正競争行為を行う前に適切な専門家の鑑定を得ていなかったという外ないことからすれば、被告らの本件不正競争行為について、被告らには、流布、陳述した事実が虚偽ではないと信じ、その結果原告の営業上の利益を害することが違法ではないと誤信したこと及び本件訴訟対象製品が被告意匠権を侵害しているものと一方的にきめつけた表現をしたことについて、過失があったものと認めるのが相当である。

右に反する被告らの主張は採用できない。

八  請求原因九について判断する。

1  有形の積極損害について

(一)  前訴提起追行が不法行為と認められないことは、前記三2に判断したとおりであるから、前訴提起追行と因果関係があると主張された損害の賠償請求は理由がない。

原告が請求原因九1において主張する損害のうち、(一)の中の原告取引先に対し事情説明のため原告社員、弁護士を派遣した費用についてのみ、被告らの本件不正競争行為との間に因果関係があるものと認めることができるが、その余については、不正競争行為との間の因果関係の存在を認めることができない。

(二)  証人隆敏夫の証言により成立を認める甲第一号証、甲第二号証の二六、二七、三一ないし三四、三七、四一、四三、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一六三号証、証人隆敏夫の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、虚偽文書を送付された販売先へ弁護士を派遣して心配ないから取り引きするように説明させたもので、

(1) 昭和五〇年二月二三日に和歌山市岡崎商店に諸事情の説明のために及川弁護士を派遣し、その費用として同年三月一二日に支出された四万六〇〇〇円のうち二万三〇〇〇円、

(2) 同年四月一七、一八日に同弁護士を中津商店に出張訪問させて諸事情の説明などを行う等の費用として同年五月二八日に支出された三万五〇〇〇円のうち八七五〇円、

(3) 同年四月二三日に同弁護士を神戸中央商会へ諸事情説明のため出張訪問させ、その費用として同年五月二八日に支出した二万円のうち五〇〇〇円、

(4) 同年五月五日ないし五月一五日に、同弁護士を京都市、大阪市等へ三回にわけて派遣し各種事件の説明などを行い、その費用として同年六月六日に支出した合計三四万五〇〇〇円のうち一九万一二五〇円、

(5) 同年六月一八日頃に及川弁護士に本件意匠権侵害訴訟などにより出張を求めた際、同時に販売代理店を訪問して事情説明などを行った費用として同年七月一〇日に支出された一〇万五〇〇〇円のうち五万二五〇〇円の合計二八万〇五〇〇円について、それぞれ被告らの本件不正競争行為と因果関係があるものと認められ、右を越える損害については本件不正競争行為との間の因果関係を認めるに足りる証拠がない。

2  逸失利益について

(一)  前記甲第一六三号証によれば、昭和四三年から昭和四八年にかけて、原告は原告製品を別紙七(3)該当欄記載のとおりの台数、製造販売していたこと、それが昭和四九年以降急激に減少し、昭和四九年ないし昭和五四年の販売台数は同別紙の該当欄記載のとおりの台数にとどまったこと、右の推移を販売金額(卸売価格)によって見ると、以下のとおりであることが認められる。

昭和四三年度 一〇六六万四〇〇〇円

昭和四四年度 一五〇七万二〇〇〇円

昭和四五年度 二三一七万二〇〇〇円

昭和四六年度 四一五一万円

昭和四七年度 四七一三万八〇〇〇円

昭和四八年度 五九四八万八〇〇〇円

昭和四九年度 五〇八八万八〇〇〇円

昭和五〇年度 四一九六万一〇〇〇円

昭和五一年度 四二五〇万九〇〇〇円

昭和五二年度 三八四三万六〇〇〇円

昭和五三年度 四一三一万七〇〇〇円

昭和五四年度 原告製品は、四七〇一万七〇〇〇円

なお、同年度は、右以外の製品販売額が合計二五四五万円ある。

右認定事実によれば、原告製品は、昭和四三年度から昭和四八年度にかけて、販売数量、販売額ともに順調な上昇傾向にあったが、昭和四九年度から昭和五三年度にかけて販売数量、販売額ともそれまでの上昇傾向に反して減少していることが認められる。

(二)  右に見たような売上減少については、強力な競争商品の出現、経済状況の影響などの種々の要因のあることが一般的には考えられるところ、原告製品の売上に顕著な影響を及ぼした強力な競争商品の出現を認めるに足りる証拠はないが、昭和四九年、昭和五〇年は昭和四八年秋のいわゆる石油ショックに端を発する深刻な不況の時期であり、企業の投資意欲が減退していたこと、この不況は構造不況といわれその後もその影響が残ったことは当裁判所に顕著である。

被告財団が原告となって本件原告に対し提起した東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第一〇二九六号事件(別件訴訟)において本件原告が敗訴し、この判決が確定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証によれば、別件訴訟において被告財団の請求の根拠となった権利は訴外佐竹利彦が有する特許権について、被告財団が専用実施権の設定を受けて、昭和四九年八月一三日にその登録をしたものであり、その特許請求の範囲の記載は、「前方もしくは前斜方向に噴風するように開口した多数の噴風孔を設けた多孔壁比重撰粒盤の後方行程に多孔壁粒大撰粒盤を設けたことを特徴とする石抜撰穀機」というものであるところ、右訴訟の判決において、侵害品とされた原告製品は、被告財団が専用実施権を受けた後である昭和四九年八月一四日から同年一〇月二四日までの間に本件原告が自認したとおり四五台製造され、合計三二七万三四二〇円で販売されたと認定されており、それに止まっていることに照らせば、原告はそれ以後右特許権を侵害する製品の製造販売を停止していたものと認められる。

右認定の特許請求の範囲と別紙目録一の(一)ないし(四)の原告製品とを対比すると、原告製品の内別紙目録一の(一)、(二)、(四)は「後方行程に多孔壁粒大選粒盤を設けた」構成を備えていない点で右特許権を侵害するものとはいえないが、同目録一の(三)は右特許権を侵害するものであった蓋然性が高いものといわなければならないところ、前記(一)に認定した原告製品の製造販売台数、販売金額中の、右特許権を侵害する原告製品の販売台数、販売金額を認定するに足りる的確な証拠はない。

しかし、右認定のとおり前記の特許権を侵害する製品は約二か月で四五台、合計三二七万三四二〇円相当が製造販売されたのであるから、昭和四九年一月から一〇月までの一〇か月間ではその五倍の二二五台、一六三〇万円余程度は製造販売されていたものとみて決して不自然ではない。また右の割合で一年分の製造販売台数、販売金額を計算して見ると二七〇台、一九六〇万円となる。

この特許権を侵害する製品が全て本件における原告製品に含まれていたとすれば、前記(一)認定の昭和四七年度、昭和四八年度の製造販売台数、販売金額中に占める特許権侵害製品の割合はかなりのものであり、昭和四九年一一月以降、昭和五〇年、昭和五一年の販売数量、販売金額の減少分中の相当部分が、右特許権侵害品の製造販売停止によるものに相当することになる。

以上判断したとおり、原告が販売数量、販売金額の減少を主張する時期が深刻な不況及びその影響の続いた時期で企業の投資意欲が減退していたこと、減少前の基準となる昭和四七年度、昭和四八年度の販売数量、販売金額の中には、前記特許権を侵害する製品の売上によるものもかなりの割合を占めていた蓋然性が高く、また、昭和四九年一一月以降、昭和五〇年、昭和五一年の販売数量、販売金額の減少分中の相当部分が前記特許権侵害品の製造販売停止によることも充分考えられることを考慮すると、前記四認定のような被告らによる本件不正競争行為の方法、対象範囲、内容からして原告製品の売上の急減に本件不正競争行為が何らかの影響を及ぼしたことは否定できないにせよ、昭和四八年度と比較した売上減の全部を本件不正競争行為と因果関係があると認めることができないのは勿論のこと、その中の一定の割合について因果関係を認めることもできない。

よって、原告主張の逸失利益を損害と認めることはできない。

3  信用毀損損害について

前記四に認定した被告らの本件不正競争行為の方法、対象範囲、内容によれば、原告の営業上の信用が毀損されたものと認められ、それらの方法、対象範囲、内容自体と、右2に認定判断したように昭和四八年度と比較したとき、具体的金額は確定できないにせよ原告製品の売上の急減に被告らの本件不正競争行為が何らかの影響を及ぼしたことは否定できず、このことは原告の営業上の信用の毀損による損害の評価にあたって考慮されるべきであること等を参酌すると、被告らの本件不正競争行為による原告の営業上の信用毀損による損害は、これを金銭で評価すれば金六〇〇万円を下回らないものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、右認定の金額は原告の主張する五〇〇万円を上回るものであるが、原告の主張する積極損害、逸失利益、信用殿損損害は被告らの不正競争行為を包括した一個の損害賠償請求の訴訟物の内訳を構成するもので、しかも信用毀損による損害額の認定は無形損害の評価であり、当事者の主張に拘束されるものではないから、原告主張の全損害の合計額の範囲内で右のとおり認定しても弁論主義に反するものではない。

4  以上1及び3認定の原告の損害額は、合計六二八万〇五〇〇円となる。

5  被告らの過失相殺の主張は、前記四8に判断したとおり認められない。

九  以上によれば、原告の本訴請求は、金六二八万〇五〇〇円及びこれに対する訴状送達の旧の翌日である昭和五二年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 櫻林正己 裁判官宍戸充は、転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 西田美昭)

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